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投稿者:ad119rqcur.

ぼんやりしないと!

皆様、充実したお休みをお過ごしでしたでしょうか。

当方連休とは言っても、職業柄まとまったお休みを頂くことはありません。
それで特に不満もないのですが、運動不足の解消は悩みどころです。

しかし、案外要注意なのは「ぼんやりする」ことの欠如なのだそうです。

頭のなかを無にしてぼんやりする、あるいは普段やらない昼寝をする。
これで仕事の能率が倍加したら、ははん!と思えと。

確かに、昼寝のあとに行動のポテンシャルが異様に高まって、物置の掃除までしてしまう事、ありますね。

長い休みに依存せずに、普段からそのようなマインドフルネスの配分を心がけたいと思います。

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悪くないこと

近年食品類の実質値上げで、価格の据え置きに対して商品が小さくなるという事例があとをたちません。

これは原材料の値上げや、価格転嫁では売上がもたないなど、事情は様々に理解できます。

メタボの筆者はこれを福音にトランスフォームすることに決めました。
同じお金で量が減るなら、体重も好影響があるに違いない。

また、値上げの対象となるのは加工食品か外食のメニューです。
スーパーに売られるものでも野菜や魚など一次産品の価格は作況や漁獲高次第。

つまり家でご飯作って食べればいいんです。
加工食品をご家庭で再現できるか試すと面白いし。

瓶詰めのえのき茸は、簡単に作れました。

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老人の未来

50を過ぎて、「明治の昔なら隠居」の歳になると、考えた方がいいことが出てくる気がします。

先輩方お年寄りの暮らしぶりがうらやましく思えるか?
いやぁ、ちょっと考えさせられます。

でもこの状況は、自分たちにも責任の一端があるでしょう。

「お年寄りやご先祖様を大切にしましょう。」
このスローガンの意味、要は高齢者の背中は将来の自分であるという意味も含むのかと・・・。

年を取ってからの人生に希望の持てない社会は、問題を抱えた社会かもしれません。

高齢の方の意識と、私たちの意識の両方が変わらなければ。

私達が信じてきたことは何だったのだろうか?という検証が必要そうです。

住宅の問題もそうです。

一番快適で安心な環境とは何か。住み慣れた場所がベストなのか。
施設に入るのが当たり前なのか。家族が大変な思いをするのはなぜか。

知らないことがたくさんありそう。

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すき間のない脳の酷使

最近許される限り、夜間にスマホを金庫にしまう「禁寝スマホ」を実行中です。

これは目の疲れ・脳の空回りを防げるばかりか、とくに何の不都合もないことがわかりました。

読書を通じて得た情報と、デジタルデバイスから得た情報では、脳への定着率が違うため、インプットの効率の良くないのだそうです。

くわえて、脳過労で記憶力や意識が低下することも報告されています。

 

また、脳内では随時、何かに集中しているときに働く「セントラル・エグゼクティブ・ネットワーク」と、何もせずぼんやりしている時に働く「デフォルトモード・ネットワーク」というネットワークの切り替えが起きているのだそうです。

人と会話をする時には、実行系ネットワークであるセントラル・エグゼクティブ・ネットワークが働き、会話を終えて目線を外したり、まばたきをしたりするときにデフォルトモード・ネットワークに切り替わり、会話の内容を頭の中でまとめて、次の話題に話を持っていくことが行われます。

この脳内のネットワークの切り替えがスムーズにされていれば、脳の消費エネルギーが少なく疲れないのだそうです。

要は、ずっと集中しっぱなしでは、切り替えがうまくいかなくなる。

これを防ぐためには、身体を動かしたり、ちゃんとぼんやりする時間が必要となるようです。

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グラン・トリノの栄光

先日アメリカ・デトロイトの街の現状のドキュメントを観ました。

市長の懸命な頑張りに関わらず一時期年金は9割カットという死刑宣告に近い行政運営となっていたものが、その後の資金集めなどが功を奏して、住民の暮らしや治安は向上しつつあるようです。

街の歴史はアメリカ自動車産業の斜陽の歴史そのもので、坂を転げ落ちるのを喰い留められないまま、貧困と犯罪に喘いできた感がありました。

日本を含む輸入車攻勢や国内の不景気を呪う前に、できることは色々あったでしょう。

しかし、これは他人ごとではありませんが、アメリカの市民が幻想を抱かされ、丸め込まれ続けた結果、今の苦しみがあるという側面もあります。

ドキュメントの中で印象的だったのは、「何もかも失ったようで、昔の良い思い出は残っている」と言った市民の言葉です。

思い出を糧にして、人はやり直せる。

デトロイトを舞台にした映画「グラン・トリノ」で、クリント・イーストウッドはそのことを描きたかったのかな、と思いました。

70年代のフォード グラン・トリノは、大切な思い出の一台。

過去の栄光にすがっているようで、その一台の車は主人公が自らの先入観や偏見、過去と向き合ってゆく再生の助けとなっているようでした。

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告発制度の怖さ~英国郵便貯金と富士通

事件の概要はこういうことです。

英国が「史上最大級の冤罪(えんざい)事件」(スナク首相)に揺れている。全国の郵便局が使う富士通の会計システム「ホライゾン」の欠陥により、窃盗や詐欺などを疑われた700人以上の郵便局長らが無実の罪で刑事訴追され、自殺者まで出ていたことが発覚したのだ。

もともとは、オンラインシステムのバグで多数の口座残高に狂いが出たことで、富士通も問題を認めて謝罪し、対策に乗り出しています。

なぜ冤罪事件になってしまったのかが怖いところで・・・。

民営の郵便会社を統括する国有企業「ポストオフィス」に、背任が疑わしい人を起訴して財産没収に成功した場合、調査官に「ボーナスが支払われた」仕組みがあったといいます。

オンラインシステムの問題はかなり以前からいわれていたのに、放置されていたことにも問題はあるのでしょうが、警察のようなノウハウや刑法下の枠組みの外で、良く調べずに告発して利益を得る構造は怖いです。

不正を正すのではなく、誰かの足を引っ張って利得とするようなシステムが歪みや腐敗を生むことは、もうどうしようもないのでしょう。

信頼し合い、助け合って働くシステムを築くことが、本当は一番合理的で豊かだと思えるのです。

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きっといい年になります。

北陸で罹災された方に、心よりお見舞い申し上げます。
寒中救助や支援活動に邁進される方たちには、尊敬と感謝の念をささげます。

 

本年も、少しでも皆様のお役に立てるよう邁進してまいりますので、どうぞご鞭撻のほど宜しくお願い致します。

いい年にします!と張り切っているのですが、世の中を挙げて、先行き不透明な状況が続きます。

不動産もお高めの状況が続きますが、買い時といえば買い時です。

買い替えの場合は売却価格も高いうちにとなりますし、初新居の場合も、あらゆる消費行動のうち、住宅取得だけは高額の税から比較的守られている現状があります。

借入の金利もまだ変動に関しては引き上げの様子はありません。

何よりも、持ち家の安心感が今後高まる気がしてならないのです。

お正月休みに、1年の計と一緒に、住宅の計もいかがでしょうか?(^^)

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今年のマーケット振り返り

高騰傾向が続く新築マンション市場ですが、2023年3月、ついに首都圏の平均価格が1億円の大台を突破しました。これは、史上初のこと。23区にいたっては、平均価格が2億円を超えました。

併せて中古マンション価格も高騰が続いているのですが、在庫数は2022年から増加傾向に転じ、成約件数も前年比を下回ることが増えています。

市場原理では供給数が増えれば価格は下がるはずが、供給数が増えているにもかかわらず価格が一向に下がっていません。

都心・駅前・駅近・タワーなど高価格帯の物件の比率が高まっているからと考えられますが、タワーマンションについては法改正により評価額が上がり、相続税対策の対象から外れますので、今後は沈静化すると思われます。

昨年末と、この10月に固定金利の見直しが行われましたが、住宅ローンを組む方の7割は変動金利を選択されますので、長期金利の変動幅引き上げは、当面は住宅市場に影響しないと思われます。

本年も大変お世話になりました。来る2024年も変わらぬご愛顧のほど、どうぞ宜しくお願い致します!

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年の瀬に身体が求めるもの

年の瀬が近くなってくると、心身が求めるものがあります。

聖夜のムード?
イルミネーションの夜景?

それも悪くはありませんが、年齢を重ねるにつれて、

●鍋物
●演歌
●こたつミカン

この3点を欲してやみません。

今年も昭和的なものの終焉が急速に進みました。

社会制度やエンタメなどの文化、仕事観、教育観、未来予想などなど。

変わることの寂しさは現状やむを得ない部分もあるとして、時代遅れのものに罪はありません。

またいつか流行りがひと回りして、皆から顧みられたらいいなと思うものは、意外に沢山ある気がします。

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もう会えないのか。

仕事と遊びを共にした仲間が逝きました。まだ50代。

最近訃報が多い時世とはいえ、これは堪える。

居なくて寂しいなということだけではなく、共有していた記憶の語り手がいなくなる心もとなさ。

同年輩の特別さもあります。普段は一線を引いて仕事の関係でも、スッと懐に入り込む瞬間が、双方からある。

浅田次郎のエッセイで、中退して姿を見せなくなった学校の同窓会に出席して、かたや日本を動かす錚々たる顔ぶれ、かたや大作家が60年以上を経て顔を合わすシーンがあります。

久しぶりどころではない相手から「どこ行ってたんだよ。心配してたんだぞ」といわれて胸がいっぱいになり、「ごめんな」としか言えなかったと。

そんな相手が一人いなくなっちゃった。

最後の多少のいさかいや行き違いは、いまさら後悔の種にはならないけれど、最後に電話で何かたわいないことでも話せばよかったと思う。

普段離れて暮らしているから、思い出しもしないのに、突然思い出していた。月並みだけど虫の知らせです。連絡取ろうかなと思っていた矢先。

そんなことは珍しくもないのだろうけど。親父の時もふと「あ、仏壇こっちに持って来よう」って感じたし。

あいつからは、二度手間をしないように丁寧に仕事をする姿勢や、ムダのない合理的な思考を学んだと思います。感謝してるぞ。

締め切りやスケジュールの概念に関してはダメダメだったけど。

前世記憶のある人に対する研究結果では、現世で一緒だった人は、来世でも形を変えてお互いそばにいることが多いといいます。

たとえば親子や友人だったものが配偶者とか。

そんなふうに考えれば、また会えると思えるかな。

あいつが嫁なのはイヤだな(笑)