もう会えないのか。
仕事と遊びを共にした仲間が逝きました。まだ50代。
最近訃報が多い時世とはいえ、これは堪える。
居なくて寂しいなということだけではなく、共有していた記憶の語り手がいなくなる心もとなさ。
同年輩の特別さもあります。普段は一線を引いて仕事の関係でも、スッと懐に入り込む瞬間が、双方からある。
浅田次郎のエッセイで、中退して姿を見せなくなった学校の同窓会に出席して、かたや日本を動かす錚々たる顔ぶれ、かたや大作家が60年以上を経て顔を合わすシーンがあります。
久しぶりどころではない相手から「どこ行ってたんだよ。心配してたんだぞ」といわれて胸がいっぱいになり、「ごめんな」としか言えなかったと。
そんな相手が一人いなくなっちゃった。
最後の多少のいさかいや行き違いは、いまさら後悔の種にはならないけれど、最後に電話で何かたわいないことでも話せばよかったと思う。
普段離れて暮らしているから、思い出しもしないのに、突然思い出していた。月並みだけど虫の知らせです。連絡取ろうかなと思っていた矢先。
そんなことは珍しくもないのだろうけど。親父の時もふと「あ、仏壇こっちに持って来よう」って感じたし。
あいつからは、二度手間をしないように丁寧に仕事をする姿勢や、ムダのない合理的な思考を学んだと思います。感謝してるぞ。
締め切りやスケジュールの概念に関してはダメダメだったけど。
前世記憶のある人に対する研究結果では、現世で一緒だった人は、来世でも形を変えてお互いそばにいることが多いといいます。
たとえば親子や友人だったものが配偶者とか。
そんなふうに考えれば、また会えると思えるかな。
あいつが嫁なのはイヤだな(笑)
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